研磨について

 刀剣の保存には、万一の事態に備え高度な研磨技術が必須である事は今更言うまでも無いのですが、現今は研磨が最大の障害と断言して憚りません。如何に名人研ぎ師と言えども、砥石に当てれば必ず減る訳です。日本刀の美術的価値は、素材である鋼の質によって生かされた、他に比類のない造形美にあります。この原始の造形美を変えぬ事・崩さぬ事が肝要であり、平素の適切な手入れと保管場所の環境により、数百年でも研磨の必要はない筈なのです。にもかかわらず一代の所蔵者の間に、美術の名のもとに何度も研がれる事が稀では無いのであって、日本刀にとって正に受難の時代と存じます。 江戸時代に於いては、名刀のほとんどが大名家の蔵の中で、慎重に扱われ保存されて来ました。小錆でも出れば確かな研磨技術により、次研ぎ(部分研ぎ)にて処理し、全面研ぎに掛けられることは滅多に無かったと思われます。

 現代は、研ぎ師が人間国宝にも指定されているのですが、残念ながら研磨の真技は既に廃れて久しいのが現実です。現在でも全国で数百人が研磨にて生活の糧を得ていると思われます。つまり年間膨大な数の刀が研ぎ崩され、尊厳を汚され、品位を失墜している事になります。かく言う私も研磨にて糊口を凌ぐ身にて、とやかく言える立場には無いのですが……。

 某著名な研ぎ師の著書に、「今日一流研師諸兄の技術の面を見ますと、昔の有名研師の方々より技量が劣っているとは決して思われません。」とあり、又ある識者(?)は、「長い日本刀史の中でも現代の研磨技術が最も充実していると考えられますが、」と書いています。もし本気でその様に思っているとしたら、日本刀の真美を、そして研磨の何たるかを全く理解していないと言わざるを得ません。

 研ぎ師は一様に、「その刀の持ち味を最大限度生かす」と申しますが、先ず下地研ぎに於いて、砥石を正しく使える人が居ない様に思われます。つまり砥石に刀を当てれば、必ず肉置を崩し、造形を悪くする訳なのです。更に仕上げは白塗りの厚化粧にて、結果として持ち味を殺してしまうのが、現今の入念な上研ぎとされているのです。自然で清浄な仕上げでなければ、本質美の鑑賞は不可能ですし、長期間の手入れにも耐えられません。

 刀の寿命を少しでもながらえるためには、極力研がぬことが一番で、研ぎ師は無論のこと愛刀家も、僅かに現存する古研ぎ・名研ぎの状態の刀を大切にし、手本とし、学ばなければ、正しい保護保存は出来ないものと存じます。

山田 靖二郎